ブランクなんて大丈夫薬剤師やって良かったです。

体調を崩したので近くの内科のクリニックに行ったのですが、クリニックに来ていつも思う事があって、
診察もお薬もらうところも同じところでいいのになと。体調悪いから次は薬局なんて疲れちゃうよと。

そんなわがままを秘めながらいつもの薬局へ向かい薬が出るのを待ち名前が呼ばれたので薬剤師さんのもとへいくと
「○○さん、▲▲の薬で前回副作用出ていましたよね?内科の先生に問い合わせて変えてもらうのでもう少しだけお待ちいただけますか」と
「はい」と返事はしたもののあまり意味は分かっておらずただただ待っていました。

しばらくしてまた名前を呼ばれ、先ほどの説明を受けました。
実は前回副作用が出ていたため、この薬は出さないでほしいと頼んでいた薬が何かの間違えで同じのが出されてしまっていたとのこと。
薬剤師さんが気づき、同じ効果の別の成分のものに変えてもらったとのことでした。

私が少し心配な表情をしてしまったせいか薬剤師さんが
「お医者さんも人間です。私たちが風邪をひいてしまうようにお医者さんもたまには失敗をしてしまうことがあります。当然しっかり気を付けています。
しっかりとチェックもしています。ですが1日に300人以上も見ているとそのようなことが起きてしまう場合があります。
その時のために私たち薬剤師がいて確認をしてお薬を受け渡しているのです。お手数をかけてしまい不安な思いをさせてしまって申し訳ないです。
あなたの体調が一刻も早く治るように安全な診察をお医者さんが、そして安全な薬を私たちが提供していきますので安心してください」
と正確には覚えていませんがこのようなことをおっしゃってくれました。
なるほど。私はいつも面倒臭いなと思いながら薬局へ行っていたのに、この仕組みにはこんな深い意味があり二つの目や三つの目でチェックすることになっていたのかと勉強になりました。

誰も失敗したいなんて思っていませんよね!友人で長い間薬剤師の仕事から離れていて働きたい….でも自信がないと言っていました。
この話をしたら、私にもできるよねって!参考※薬剤師求人ブランク
私もこれからは移動を面倒くさいと思わずに移動する時間にも感謝を込めたいなと思いました。

看護師でも答えが出せない「患者の身体拘束」

看護師である私にとって拘束とは結構聞きなれた言葉なんですが、普通はあまり聞きなれない言葉の部類に入るみたいですね。いわゆる身体拘束が許されているのは、医療現場では精神科に限られているそうです。

考えてみればそうなのですが、私は精神科にばかり勤めていたので、患者さんを拘束するということに対する違和感が麻痺していたのかもしれません。確かに、一般科で患者さんを拘束なんてしたら大変な騒ぎになってしまいます。最近は身体拘束は出来る限りしない方向でということで、どこの病院でも統一はされているそうです。

しかし、精神科では拘束とはやはりなくてはならないものです。暴れる患者さんだっていますし、自分自身のことを傷つけてしまう患者さんだっています。興奮しすぎて意思疎通ができない患者さんには、身体拘束も止むを得ないと思います。もちろん、精神的に落ち着いたら拘束は外すべきですが、必ずしもそれが出来るかというと、それが出来ないケースだってあります。特に、今の精神科はどこも認知症の患者さんをメインにしているところが多いそうです。

私の勤めている病院も同じで、もちろん精神科病棟もありますが、認知症専門病棟もあります。通常の認知症病棟よりは、精神科にある認知症病棟ということで、認知症以外の病気も持っている患者さんが多いのですが、とても拘束が外せない患者さんもいます。例えば、ある女性患者さんは認知症でほとんどのことを忘れてしまっています。帰宅願望が強くて、何をしていても家に帰りたい帰りたいといって、歩きだしてしまいます。ところが、その患者さんは大腿部を骨折していて、とても歩くことはできないんです。自分が歩けない、ということも忘れてしまっているんです。なんだか痛いということは分かるみたいですが、そこまで。強引に歩こうとして転倒してを繰り返して、とても拘束が外せない状況になってしまいました。

いったいどうすればいいのか。いったいどうしたら良かったのか。今でもみんなで話し合ったりしますが、とても答えは出せません。もっとレベルが落ちてしまえば、自分で歩きだすこともなくなるのでしょうが、それが患者さんのQOLに良いわけもありません。

「止むを得ない身体拘束」をどこまで外すことが出来るのか。その答えはいったいどこにあるんでしょう。看護師として数年たちますが、今でも答えはみつけられずにいます【看護師 求人 登戸

おばあちゃんはプラモデル!?

在宅介護82歳になる実母を自宅で介護している。要介護3から5に一気に進んでしまった。老いていく母と過ごすのは切ない時もあるが、孫にあたる私の長男と長女のおかげで、暗い気分に浸る暇はあまりない。

先日、おむつ替えをしていたら、母は右足を痛めてしまったようだ。膝から下の足の様子が辛そうだ。
「おばあちゃんの脚が、最近傷みやすいんだ。骨も弱くなっているだろうね…」お世話する私が、少し反省も込めてつぶやく。すると長男が、「へええ。なんかさ、おばあちゃん、プラモデル化してるね!!」

それを聞いて、不謹慎だが笑ってしまった。プラモデルって、ポキポキカクカクしているよね、確かにそんな感じ。長男の中では、老いた母の姿がどのように映っているのか、気になっていたが、どうやら可愛いおばあちゃんとして認識されているようだ。

最近は、私が家事で手が離せないときは、8歳の長女もおばあちゃんに呼ばれると、お話をしに部屋に行ってくれる。二人ともみかんが大好きな、兄弟姉妹の2番目で、自由な雰囲気が似ている。最近は食が以前より細くなってきた。在宅のおかげか、あまりストレスもなく、母のペースで今日も1日を過ごす。いつか来る、お別れの時、私の子供たちは母をみて怖がらないだろうか。私は冷静でいられるだろうか。こんなふうに、ちょっぴり楽しい雰囲気の中で、母を見送ることができたらいいなぁ。

風に吹かれて冷たくなった洗濯物を取り込みながら、私の心の中もいろんな感情で揺れている。在宅介護は、今の時代はなかな難しいのが現状だと思う。手厚い医療のメンバーにバックアップしてもらっても、最終的に本人とその家族が「これがいいね」と思わないと、本人の老いを支え、手助けできないからだ。人にはそれぞれの家族の形があり、外からは見えないことが沢山ある。自宅にいても、肩身が狭い場合もあるだろう。支える側だって人間。疲れたなって思うときはたくさんある。必ずしも在宅がいいとは、言えない場合もあるだろう。

母を看ていて、何十年かしたら、自分はどんな老い支度をするんだろう。人生の先輩である母と暮らしながら、日々感じることである。